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言葉の逃避

  • 執筆者の写真: foscaworld
    foscaworld
  • 2024年11月3日
  • 読了時間: 2分

言葉の逃避

Fosca disegnando il suo globo letterario
フォスカが針に刺した墨で文学的な地球儀を描いている様子。ファブリアーノ・メディオが260gsmの紙に印刷

言葉は不器用に逃げ去り、時として深い思考から、最初の感情から遠ざかってしまう。我々を動物と分かつものは、我々が言葉を用いることができるということである。しかし無理解もまた、かくも人間的なのだ。魅力というものは、しばしば沈黙の中に、無言の魔法の中に生まれるものである。恋をすること、驚くこと、夢見ること、希望すること、思い出すこと、苦しむこと。見失ってはならぬその瞬間、激しく説明のつかぬ感覚に身を委ねる時。それらはまるで宙に浮かぶ瞬間のように、魂のように、花びらのように、蛍のように。心を引き裂く美の前では、誰も口をきかない。すべてが止まる、時も、物事も。すべてが宙に浮いたまま。

描写することは課題である。解釈することは創造することである。

今日、あまりにも多くを、あまりにも語りすぎる、絶対的にすべてについて。舌が動き、発する者のみに聞こえる音を生み出している。もはや誰も誰の言葉にも耳を傾けない。非現実的な対話、甲高い声、作られた調子、決まり文句、加速された聞き取り、先送りされた対峙。滑らかな表面を滑り、驚きもなく、違いもなく、色彩もなく。言葉の霞、定義のつかぬ喧騒。

逃避。

ただ視線を上に向けるだけで、ざわめきを鎮めるに十分である。まるで幻想へ、夢へ、己の思考へと向かう見えざる窓が開かれるかのように。想像の泡が形をとる、軽やかな球体のように、浮遊し、心とともに旅をするよう我々を誘う。目を閉じ、山頂にいるかのように深く息づく者もいる。目を開けたまま、雲の彼方へと吸い込まれるように感じる者もいる。

言葉は文字となり、文字は混じり合いながらあらゆる意味を失い、夢見る者の秘密の文字となる。


Fosca World

Paris - 1 Novembre 2024


フォスカがインスタレーション作品「Globo Letterario」を制作中



 
 
 

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